コラム


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最後のコラム  
text by 冬月カースケ
 
本日で最後のコラムになった。ほぼ 10年の歳月。「10年ひと昔」というけれどまさにそう。あっという間の10年だった。思えば、ニフティサーブが終了してインターネットサービスが開始された流れと時を同じくしたこの10年。世の中は大きく変化し、自分の生活もまたしかり。この間、唯一誇れることは、 一度も原稿に穴をあけなかったこと、そして時には体たらくのものであっても実戦を書き続けたことくらいだろうか。

しかし、最終3回だけはあえて実戦を掲載しなかった。書きたいことが実戦よりも多くあったということなんだけど、この「約束」を最後にきて破ってしまったことは申し訳なく思っている。

佐々木師匠、ワサビくん、タッキー……それぞれがそれぞれの思いで綴ったコラムを読んでいたら無性に寂しくなってきた。ただでさえ、秋はおセンチになる季節で、オヤジ乙女の自分は寂しくてならない。しかし、何事も始まったことはいつか終わりがくるのが世の習い。この10年のことをつらつらと思い出しながら、最後のコラムとしよう。

コラム開始当初は40玉交換の店でガンガン打っていた。まさに朝から晩までの稼働。1日11時間はいわば自分に課した義務でもあり、生活のためでもあった。前職を辞めて、この道に入った理由はひとえに「自由の翼」が欲しかったこと。そしてその通りの生活が送ることができた。これには感謝しかない。もちろん、自由は不自由を伴う。決していい言葉ではないが、それを選んだ自分の自己責任も。パチプロ風情がのたれ死のうがなにしようが、まっとうな世間様にはなんの関係も影響も及ぼさない。後ろ指を指されようとも、それは「自由の翼」の対価だ。

最初の頃は、近隣のP店や後にK店といった優秀店に恵まれ、常連さんやパチプロの知り合いも増え、毎日がとても楽しいものだった。確率のゲームだからそのばらつきによってとてつもない「ハマリ」や不遇に遭うこともたびたびだったが、翌日にはケロッとしてホールに連日出向いていた。冬月も一般電役の『ナナシー』や『ドラゴン伝説 ZZ』などからCR デジパチにシフトしていったのはこの頃だ。そしていつの間にか、三洋の『海物語シリーズ』が完全に主戦機種となっていった。猿のように一心不乱に『海』ばっかり打っていたのである。

その頃、ホールで出会った方々には、未だに得も言われぬ懐かしさと、ある意味ではどこか物哀しさを覚える。前回と前々回のコラムで多少そのことに触れたが、これは一生記憶から消えることはないだろう。その頃のコラムは今とはまったく違ってイケイケドンドンで、技術介入要素もけっこう書いていた。しかし、P店やK 店の状況が悪化するにつれ立ち回りも変化する。

釘が開くことがわかれば、朝早くはおろか夜中から並んだのもこの頃。特にM店のイベントはすごかった。1000円で50〜60回転も回る『冬ソナ』や『美空ひばり』なんかもあった。今だから書けるけど、ヘソというよりも10個賞球の落としがガバ開けで玉が減らないような調整だったのだ。台取りは厳しかったが、朝のあの緊張感にはなんとも言えないワクワク感もあった。

しかしさらに、状況が厳しくなると他県にまで足を伸ばすことに。各地のホール情報をナビに入れて、移動だけで連日数百キロを超えることもあった。誰も知り合いがいない中、孤独な旅だったな。わずか数軒、数台ならば打てる台を見つけることができたが、次の日には見事に閉まっていたりして、貴重な時間とガソリンを無駄にしたことも多々。





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