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CRぱちんこ冬のソナタ2 Sweet Version  
text by 冬月カースケ
 
筐体画像 ポール・ニューマン、緒方拳、という日米の二大名優が相次いで空へ旅立った。二人とも大好きな俳優で、「スティング」や「鬼畜」での名演技がすばらしかった。この世で人の死ほど、やるせなく、怖いものはない。受け止めるしかないという事実が、それをより一層辛いものにする。しかし、受け止めるしかないということ自体=人はその悲しみを乗り越えていくしかないのだとも思う。

今年に入ってから、身内と親友のMを亡くして、より一層そのことを深く考えるようになった。人の死には3つの悲しさがあることも知った。

●「まだたくさん遣り残したこともあったろうに、子どものことが気にかかったろうに」というような、旅立った故人への憐憫

●二度と彼と会うことが出来ないという自分の寂しさ

●いつか自分も彼らの元に旅立つのだという深いところでの怖れ

そんな感情が入り混じって、悲しみを形成しているのかと・・・。この中で最も大きいのは、自分の場合は2番目だ。今生(こんじょう)で会うことができないという寂しさはとてつもなく大きく、今でも自分の心を吹き抜ける。

だからこそ、生のある自分たちは、生のある限り毎日を大切に生きなきゃと、至極当たり前のことを思うのだ。そして彼らが残してくれたものを胸に抱いて生きていくのか。

すみません、何だかしめっぽく堅い話になってしまった。人はそんな悲しみや何かを胸に秘めて生きているのだな。というわけで、今日も「平然」とした顔をして、パチ屋に向かう・・・。

しかし、今日は弊サイトの新機種取材日にあたっており、打てても夕方の早い時間からだけ。今までの不調期は、そんな時間からだと打つ気もしなかったが、最近は違う。高価交換の羽根デジという戦略だから、持ち玉比率をさして気にすることなく、打てる台があったら積極的に打とうと思っている。なくても、数軒は回って明日につなげたいという「マジメ」なパチプロになっているかも(笑)。

某駅に降り立ち、最近よく通っているS店から見ていこうと思い階段を降り始めたが、ふと「今の時間(午後3時前)からだと空き台もほとんどなく、行ってもろくに釘も見られない」ことに気づき、反対側にあるG店とP店から見ていくことにし、階段できびすを返して歩き始める。

G店は、最近は準等価に変わり店内ルールも変わった。しばらく見てないからこの際は覗くべし。入店してみると、どこの店でもそうだが、1パチコーナーは賑わいをみせているものの、準等価のコーナーはまばらな客つき。釘をボチボチ見て歩くが、たいしたものはなし。以前はよく通っていた店なので、主任さんから「どう?遊んでってよ」と声を掛けられるが、「うーん、また来るよ」と挨拶を交わし、P店へ。

こちらは30玉交換。お客さんはガラガラ。台は選び放題という感。めぼしいシマから見ていけば、最近入ったばかりの「Sweet Version の冬ソナ2」に食指が動く。これなら打てるんじゃ??という気がする。今の自分の戦略にもぴったりだし、空き台があるのも天の声のような気がするし・・・これでいこう、これで。ではお初でよろしくお願いします。




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