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コラム


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CR新世紀エヴァンゲリオン〜最後のシ者〜  
text by タッキー
 
筐体画像 前回のコラムで田舎暮らしについてちょこっと書いたが、何も漠然と思い描いているわけではなく、将来のビジョンとしてかみさんと一緒になった頃から温めてきたものなのだ。日本全国津々浦々といったら大げさかもしれないが、これまで色んな所を旅してきた。終の棲家はないものかと、北海道から沖縄まで網羅したつもりだ。小笠原諸島にも一度だけ行ったことがある。長い船旅には少々参ったが、まさにこの世の楽園といっても大袈裟ではないものだった。家に帰ってきて3日間ぐらいは船に揺られているような感覚だったが…。勇気と体力があればもう一度訪れたい場所だ。

そして話はさかのぼること数年前。当時通っていたパチ屋で八丈島からやってきた菊地君という兄弟と知り合った。弟君の方は内気な性格らしく言葉は少なめ。でも面白いもので、最初に友達になったのがその弟君の方だった。数日後に弟君とは対照的な兄貴がやってきて、「弟がいつもお世話になってます」と挨拶してきた。オレよりは一回り以上も若いというのに随分と礼儀正しいものだ。特別な話をするということもなく、付き合いは店で顔を合わせた時ぐらいだった。
そんな彼らが近い内に故郷の八丈島へ帰ってしまうと聞いた。なんでも、もう二度と八丈島を出ることはないと言う。都会の水が合わなかったのだろうか。

暫くしてその店に行くと馴染みの店員さんが、彼らから伝言があると言ってきた。聞けば、あの兄弟がこの店に来るのも来週をもってとうとう最後になるとか。時間があれば是非来て下さいとのメッセージだった。その店は、通っていたとはいえ、他所が駄目だった時に最後の砦として使っていたお店。全体的な釘は渋いが、羽根物に関しては昼頃にノコノコと行っても10000個以上出る台が手付かずにされているような、今にしてみれば楽園のような店だった。もっともその当時は、10000個の羽根物なんて喜んで打つような人はいなかったが。

よほどのことがない限り、自分もこの店に朝から向かうことはなかったが、そんな伝言を聞きながら出玉優先で店を回るほどオレはパチンコ狂いじゃない。その最後となる日、オレは朝からその店に向かった。打てる台がなくとも一日粘り倒す覚悟で向かったのだった。運よくその日は一日打っていられるだけの台もあり、彼ら兄弟が現れるのを待っていたのだが、とうとうその日は会うことが叶わなかった。オレが食事に出かけている間に来たのだろうか。その日は馴染みの店員さんもあいにく休みだった為、事情を知っている人は他にいなかったので、彼らが来たかどうかは知る由もなかった。結局次の日もその店で打ったが、会うことはなかった。

その店はもう潰れてしまったが、今でも時折彼らのことは思い出す。いつの日か、彼ら兄弟を訪ねて八丈島へ行ってみようと思っている。小笠原諸島にはパチ屋はなかったが、八丈島には渋いが何軒かあるようなことを菊地君が言ってたっけ。今でも彼らはパチンコを打っているのだろうか…。

そろそろ本題に入らねばならないが、先週末は相変わらずの体調不良の中イベント目白押しで(家族サービス)、その無理が祟ってとうとう昨日は寝込んでしまったのだ。そして寝ながらも考えることといったら、この原稿のこと。全くネタがなく困り果てていたところに彼らの夢を見たという次第だ。そして夜になってようやく起き上がり、この原稿を書いているのであった。




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