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CRA新海物語Withアグネス・ラム SAG他  
text by 冬月カースケ
 
筐体画像 「ドサッ……」重いカバンを落としたような音がした。上野に向かう電車の中。もうすぐ終点というところだった。少し離れたところに座って本を読んでいた冬月だが、なんか音のした辺りの雰囲気がおかしい。

腰を浮かせて様子を伺うと、人が倒れているではないか。白い服を着た若い女性のようだ。周囲の人は、さっと離れてこわごわと見ている。発作的に、すぐに駆け寄って手枕をして抱えて確認してみた。倒れた時の外傷はなく、呼吸もある……意識はどうか? 脈をとりながら何回か声をかけると、弱々しく応答があった。よかった、どうやら貧血のようだ。

意識があれば心停止などの重篤な状態ではないと思えた。身体を支えながらさらに様子を見ていると、若いサラリーマンが寄ってきて上着を掛けてくれた。そして傍らの若い女性が心配そうにのぞき込む。ほどなく、終点に着くアナウンスがあったので、その女性に「駅員さんを呼んで!」と頼むと力強くうなずいて、開いたドアからすぐに飛び出して呼びに行ってくれた。

倒れている女性はやはり若かかった。おそらく22〜23才くらいだろう。顔が真っ白というよりも、もはや青い。意識がだいぶはっきりしてきたので話かけると、「大丈夫です」と弱々しい声が返ってきた。上着を掛けてくれたサラリーマンと二人でホームまで抱えて、駅員さんに引き渡した。ようやく歩けるくらいまでに回復していたので、その後ろ姿を見ながら、ほっとして冬月も歩き出した。

とりあえず大事に至らなくて良かった。ふと我に返るとしかしなんだなあ〜。倒れて数秒間の周囲の人たちの反応はいただけないように思う。まるで自分とは関わりたくないように、離れてただ見ている様子は「都会の冷たさ」の実例のようで、なんだかなあ。

でも、どうしたらいいか分からないということと、自分が助けてもそれによってなにかコトがあったら「自分の責任になる」とか、まあそういった社会的風潮(ネガティブな意味での自己責任社会)がきっと多くの人のプレッシャーになっているのかもしれない。かくいう冬月だって、電車の中じゃなくて街角で、路上生活者風の人が倒れていたら、尻込みするかもしれない。いつもながら、そんなことをグジグジと考える自分であった。

さて、本題に。6月下旬からパチンコは絶不調。そこそこの台は打っていても、まったくといっていいほど玉が残らない。なんというか「波」が来ないのだ。初当たりがとれている時は、連チャンしないし、連チャンがそこそこの時は、3倍、4倍、5倍のはまりが次々と押し寄せる、といった風でどうにもならない日々がかれこれ、数週間続いている。

「まいった魚は目で分かる」という故事があるが、もう今は打っていても出る気がしない(てか、ほんとに出てない)ので、冬月の目もうつろなのである。ああ、そしてもうすぐお盆シーズン。ホールにとっては稼ぎ時がやってくる。しばらくは無理しても打てない状況になりそうだ。とりあえず今日は朝から打てる。まずは、輪番休業明けのS店(等価)から。30人ほどの行列に続いて入店する。





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