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CRヤッターマン 天才ドロンボー只今参上! 9AU  
text by タッキー
 
筐体画像 腰の痛みから解放されて数日が経った。右腕の痛みも半減した。まだまだ安心はできないが、もうすぐ訪れるであろう春と共に気持ちも随分と楽になった。思えば20代の頃、前傾姿勢のきついバイクに乗り過ぎたのが原因か、それともバブル期に寝る暇も遊ぶ暇もなく腰を酷使して働いたのが原因か、どっちにしろあの時の無茶が今頃になってたたっているという訳だ。もうあんな風にバイクも乗ることもできないだろうし、重労働も無理だろう。こう見えても、バイクは何台も乗り継いで峠などをレース場の如く走り回っていたのだ。バイトで稼いだお金はすべてパーツ代とガソリン代に消えていった。確か当時はガソリン1リットルが150円はしていたと思う。

一台のバイクにタイヤやマフラーなどのパーツ代と、せっせとお金をつぎ込んでいた。ヘルメットも幾つも買い替え、革のつなぎも2着ばかりオーダーして作ってもらったことがあった。今でも最後に買ったヘルメットと革のつなぎだけはとってある。グローブといい、どうも革には弱いみたいだ(笑)。 いつの日かバイクに乗ることを復活させようと思ってとっておいたものだが、きっともう着ることもないだろう。もうだいぶ前に買ったとはいえ、あの当時のデザインは今でも色あせることはないのだ。たまに立ち読みするバイクの雑誌を見てもそれがうかがえる。

編集部のファイト君もそうだが、バイクのレーサーに一時はなりたいとさえ思っていた。ファイト君ほど真剣ではなかったが。初めて鈴鹿サーキットで見たフレディ・スペンサーの走りには衝撃を受けた。ケニー・ロバーツ、エディ・ローソン、ケビン・シュワンツに、ワイン・ガードナーと、名だたるライダーを見ることができた。日本人では、片山敬済、平忠彦、木下恵司、八代俊二、岡田忠之、辻本聡、宮城光、伊藤真一選手などが我らのヒーローだった。まだまだ書ききれないほどたくさんのライダーがいるがざっと思い出して書いてみた。40代のバイク乗りならば懐かしいと感じてくれるだろう。

伊藤真一選手は自分と同世代ながら、一時引退を表明するも、あの東日本大震災を機に引退を撤回した鉄人だ。いつもの通り道に伊藤真一選手の所属するレーシングチームのトランスポーターを目にすることができるのだが、ホントにこの場所にレーシングマシンが眠っているのかなと思うくらいちっぽけなファクトリーだ。とはいえ、この辺りの風景にはそぐわない派手なトランスポーターだ。それをちらりと横目で見ながらいつもの店へとひた走ったのだった。腰痛の話から随分と脱線してしまった。





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