コラム


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某機種  
text by 冬月カースケ
 
こんなに忙しい夏はここ何年もなかった。バンドのこと、原稿書き、今、関わっている幾つかのこと。もういっぺんに沢山のことが同時進行しており、悪いアタマがまもなくバーストしそう。

その中でも1番大変なのがスケジュール調整。何人かが関わっているプロジェクトや集まりの調整はホントに大変。調整できた!と思えば数日後には誰かが都合悪くなったり、まあ、もう「ギャー!」と大声で叫び出したい。そんなことが重なっているおかげで、パチ屋に行く時間がほとんど取れていない。

というのも、パチンコは自分の都合だけで動けるが、複数が関わっているものはそうはいかない。メールや電話はおろかLINEを使っても連絡がつかずということもあり、段取りを付けるだけで、もうホントに大変。

タッキーがこの前のコラムで、歳のわりに元気(笑)とほめてくれたが、流石にオーバーワーク過ぎ。思えば親友のMが亡くなるまでは、自分の都合や気分によって平気で不義理を働いていた冬月。

しかし、突然空に昇ってしまったMのことがあって以来、いつ死ぬか、いつ会えなくなるかわからない。そんな思いが強まった。それからは約束したこと、やろうと思ったことはなるべく頑張って履行してきた。

それがどうも飽和点に達している感じなのである。とはいえパチンコは打たねばならぬ。このコラムのためにも、生活のためにも。朝早くからさまざまな段取りを付けるべく頑張った。でも家を出られたのはなんと午後4時。これじゃあパチプロなんて言えないだろう。

そもそも朝イチで行かないと気持ちが悪い性分。しかし、勤め人だった頃はこの時間帯であればいそいそとホールに向かっていたのだから、その時のことを思いだそう。無理してだけど(笑)。

あの頃は夕方からでも十分に勝機があったし、戦績もちゃんと上がっていた。40玉や43玉交換の低貸玉営業。持ち玉にならないと不利なルールでいかにも夕方からのパチは分が悪いのだが、実際には今の朝から等価のパチよりも勝率は高かった。

貯玉を使ったりなどの工夫もあったが、何よりも今とは回りと出玉が全然違った。そして機種も現金時短機と呼ばれた1/200〜1/240 くらいのものや一般電役といった持ち玉になりやすいスペックが多かったから、与し易いという面もあった。それと時間効率も今とは違ってよかった。予告やリーチもシンプルだったしね。

一旦、持ち玉になればあとは何があろうと閉店ギリギリまで打ち切るという、ある意味ではルーチンワーク。仕事帰りの「残業」だから、さすがに身体はクタクタになったけど、それなりの実入りもあって楽しかったなあ。それもこれもホールにお客さんがたくさんいて、賑わっていたからだ。

時は流れて、すっかりとこの業界も様変わりしてしまった。適者生存って言葉があるけど、知り合いのパチプロもどんどん辞めていった。山ちゃんや田代の親分、カマちゃん、憲司くん。かつては肩を並べて打っていた「仲間」はほとんどいなくなった。鉄人沼さんはまだ頑張っているのだろうか。もうすっかり連絡も取らなくなってしまった。

以前はお互いに情報交換し、待ち合わせて打ったことさえあったというのに。現場レベルで連絡を取るのは今や、タッキーとリュウジくんだけだ。さみしいなあ。閉店まで打ってから、一緒にメシに行ったりしてたものなあ。

そして適者生存の法則に従って、冬月も淘汰されそうなのである。でももう少しは踏ん張ろう! どこにいこうと厳しいことに変わりはないのだから。さて、夕方のO店(等価)。お盆前だがお客さんはまずまず。とくに1パチコーナーはほぼ満席となっている。





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