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パチプロ実戦攻略データ


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忘れがたき方々がいた  
 

実戦データ
店舗名
換金率
遊技ルール
機種名
投資 回転数 絵柄 予告 リーチ
総投資額
総回転数
大当たり回数
確変回数
総出玉数
換金額
収支

忘れえぬ方々

お酒が好きで明るい山ちゃんはともかくヒキが強くて、たいしたことない台でもいい成績を残す場面を数々見てきた。彼とはK店でよく並んで打っていたっけ。でも、当然のことだけどヒキだけで勝てるほどパチンコは甘くない。長い間打っていれば、期待値どおりに落ち着くのがパチンコというもの。K店の状況が悪くなって各地を転々としていたが、今はきっぱりと足を洗ってタクシードライバーとして頑張っているとのこと。

不屈のパチプロ沼さんもすごい男だった。難病を抱えながらも期待値があれば、どんなハマリにも悪展開にも耐えて終日打ち切る精神力は無類のものだった。穏やかな物腰だけど、パチンコにかける秘めたる情熱はすごかった。ともかくいつまでもいつまでもギリギリまで座っているのである。

沼さんは病気のせいで、勤めていた会社を辞めて、生活のための活路として始めたのがパチンコだった。彼は未婚ではあったが、複雑な事情を抱えた家族を養うために本当に必死で頑張っていた。無駄使いもせず、人と争うこともせず、ただひたすら生活のためにパチンコと向き合っていた。後にも先にも沼さんほど真面目なパチプロには会ったことがない。パチンコは職業ではないと何度もこのコラムに書いてきたが、彼にとっては本当の意味で「仕事」だったのだろう。

風の頼りによれば、沼さんは1パチなども併用しながら、未だに頑張っているようだ。最近は会ってないけど心より応援している。現場ではそのほかにもいろいろなパチプロと出会った。まだ専業になる前のこと。Wさんもそのひとり。朝の開店時刻に少しだけ遅れていったことがある。

その店では前日までSANKYOの権利物の名機『スーパーコンビ』のとある1台をずっと打っていた。Wさんは先にその台に座っていた(開店ミュージックがまだ鳴っていて遊技はできない時間帯)。しかし、顔見知りの冬月の姿を見るや否や、「あ、おはよう。来たのか」と言ってさっとその台を「ごめんね、来ないと思って座ってしまったよ」笑いながら譲ってくれたのだ。

前日に打った台は「次の人に権利がある」なんてルールはどこにもないのだが、パチプロの間ではそういう暗黙の了解みたいなものがあった。それを瞬時に実行したWさん。実はこうした場面はパチプロと接していて山のように経験した。タッキーもそのひとり。なんというかモラリティが非常に高いというか、ちゃんとした方が多いのである。

立ち回り、打ちかた、ホールでの店員さんへ接する時の態度……あらゆる場面で彼らは「模範的」だった。冬月がこの世界に入ったのは、そんな彼らの態度を見ていたことも影響している。パチンコで生活するなんてこと自体が、言葉はうまく見つからないがヤクザなこと。だからこそ、彼らのモラリティはすごく高かったのかもしれない。ともかく他者に気を使う方が多かった。


どんな状況でも

そんなわけで、実は冬月はそうしたパチプロさんたちから「人としての生き方」みたいなものを沢山学んだのである。中には自分勝手な人ももちろんいたけど、それはごくごく少数。ともかく、冬月が経験し、出会ってきた「パチプロ」という世界は、一般的な世間よりもよい世界だったのである。それは基本的に今も変わってはいなくて3年前に知り合ったリュウジくんなんかもそのタイプ。

だけど年々そうした昔気質の方が去っていくのは寂しいことでもある。Wさんも若くして脳腫瘍で亡くなってしまったと後ほど聞いた。数回しかあったことがない方だったけど、心のなかで手を合わせたことを未だに覚えている。

しかしパチンコ屋で知り合った方は、やがて必ず関係が切れていく。そういう意味ではタッキーやリュウジくんのような存在は自分にとって稀有なのかもしれないな。

ほかにも忘れがたき方がいる。中にはついに名前すらも知らずに会わなくなった方も。しかしそれでも大なり小なり自分の人生に影響を与えてくれたという意味では出会ったすべての方々に感謝しているというのは本音だ。

今はどうしているのだろうと考えると、なんとも懐かしくかつ寂しい気持ちになるのである。きっとみんな「それでもどっこい生きている」んだろう。冬月もどんな状況になっても、そうやって今生きている。一瞬一瞬を大切にしながら。
text by 冬月カースケ


 
 
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